クランSEC9公式ホームページ

◆2020年 12月 31日 18時~20時 同窓会忘年会を開催しました
 題名【いまだから話せる。SEC9とは何だったのか?】

 多くのご来賓を賜りました

 2011年11月10日入隊 キリサキ
 2011年11月12日入隊 ファントム
 2011年12月18日入隊 ラックスマン
 2011年12月20日入隊 ウガクト
 2012年05月21日入隊 ハリポン
 2012年10月15日入隊 ブラザー
 2013年04月28日入隊 コード
 2013年11月20日入隊 テタシマ
 2013年11月25日入隊 ムーンライト
 2014年01月11日入隊 ケロナス
 2014年07月15日入隊 ニコイチ
 2014年09月08日入隊 ジンギス
 2015年05月28日入隊 マツザカ
 2015年11月22日入隊 タマネギ
 2011年11月10日設立 タロウ

◆2020年12月31日忘年会よびかけの動画
・年越し 2011~2020 by ハリポン 動画
・年越し 2020  by ファントム 動画
・年越し 2012-2013 by ファントム 動画

◆年越し2020-2021 決起呼集動画
・年越し2020決起動画 ニコイチ
・年越し2020決起動画 ハリポン 
・年越し2020決起動画 コード


◆参拝できなかった方も、SEC9神宮を御参拝ください
新年を迎える準備は良いか?

2021年1月 SEC9 事務室 オープンしました
写真は、工事中の、事務室です



◆当日の記念写真 
 2020年12月31日~2021年1月1日

 と、昔の画像

2020年12月31日~2021年1月1日 同窓会イベント



2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

2020年12月31日

SEC9のクラン旗の原案 ウガクト案



SEC9 公式フラッグ

昔の画像です

昔の画像です

昔の画像です

昔の画像です































◆公安9課は本日を持って解散する・・からの・・モトゴォォ!


 現在、10年目を迎えたSEC9は、進化し深化し神化、
 もはや我々の戦場は、FPS、ゲームに限定されないのであります

 2011-2020 最初の10年のSEC9
 2021-    次なる10年は何なのか?



◆2021年からの未来を語る前に、
 【昔の話を、しようか】

・まず最初に、SEC9に関わった皆さん
 SEC9より、皆様へ
 ありがとうございました


 tarojpという、未熟なリーダーについて苦労されたと思います


 さっそく雑な言い方で恐縮ですが、
 私は、他クランのマスターより、良いマスターだったと自負しております。

 しかし、それは相対的な評価の話。
 ゲームクラン界隈で最高だったとしても、誇れるものでは有りません

 絶対的評価という意味では、
 あれだけ多くのメンバーを統括する代表として、
 完璧だったとは、とても言えないリーダーだったと思います

 にもかかわらず、皆からの絶大な支援を賜り、
 この御礼は、社会に還元しなければ、返しきれる御恩では御座いません
 
 そして、個人的に、イチ個人、イチメンバーとして、
 楽しい時間、素晴らしい思い出を、ありがとうございました





・2011年秋から始まったSEC9には、私のテーマが、多く含まれていました。
 その1つとして、
 コミュニティメンバー同士の、相互扶助を基本とした組織構築を考えておりました

 その最初の一手として、私はコミュニティメンバーに奉仕をしました
 もちろんSEC9の中には、
 コミュニティに奉仕してくれた人も、たくさんいました
 雑に見れば、短期的に見れば、コミュニティの相互扶助が成立していました。

 ただ私は、私や一部のメンバーの貢献が大きい一方、
 あまり貢献していない人も多く在籍することが良くない。と考えていました

 提供と消費の構造は、私の目指すところではない。
 その理由はさておき、私は、そう考えて、クランを考えていました


 

・まず最初に申し上げておきますが、
 クランの歴史が長すぎて、ポーンと時間を飛ばしてみたり、
 時間を圧縮して語っていることについて、申し訳ございません。

 とにかく、2011年に設立されたSEC9は、
 次に、2013年秋からリリースされたBF4にも、進展することとなりました

 その頃私は、
 SEC9内部への相互扶助体制を長期的に強化していこうと考えていました
 これは突貫工事で作った城を、堅固な要塞に、建て替える試みでした。
 BF3当時に作り出すことができた仲間同士の相互扶助を、
 2年で終わる打ち上げ花火にせず、長大で強固に作り変えようとしたのです。

 相互扶助の組織を長期化させるためには、
 一部メンバーの持ち出しが多い状態を是正せねばなりません。
 持ち出し負担が多すぎると、長く在籍できなくなるからです。

 しかし、
 一部メンバーの持ち出しを引き下げると、全体パワーの不足が発生します。
 そこで私は、少ない負担で参加している人達に対し、
 コレまで以上の負担を求めることとなりました。
 それが、SEC9役職担当制です。





・誰もが、一定以上の責任を背負ってクランを運営する
 SEC9は、役職担当制を、BF4から実現することとなりました

 クランの運営、管理や安定を作り出す幹部、
 上質なゲームを維持するためのサバ管部、
 コミュニティの基本となる音声会話品質を向上させる音声部、
 他クランへの破壊工作をすすめる諜報部、
 クラン戦を徹底的に追求する戦略部、
 新たな仲間を協力に増加させる勧誘部、
 サーバー管理や運営の費用を提供するボキン部、
 毎週土曜に開催されるイベントを運営する催事部、
 その他、いろいろな担当部門があったと思います
 
 そしてもちろん、担当部門を超えて、そのばその場で皆で支え合っていく。
 理想の組織、集団でした

 私は役職制を強化していきました。
 しかし、
 これに反発する人が大勢いました。
 その多くは、クランへの貢献が少ない人でした
 全て、最初からわかっていたことですが、私は彼らをドンドン排除していきました
 すごい勢いで、排除していきました
 畑で働かないのに、収穫だけ受け取る人は、組織にとって邪魔だからです。

 その一方、
 貢献が多い人も、役職化に反対していましたが、私は、その声を無視しました
 その理由は、
1 その人より、私の貢献(負担)が大きかったし、私の負担も下げたかった
2 その人の貢献(負担)を少なくすることで、長期的に在籍してほしかった
3 貢献しない人のために、貢献する人が疲弊する組織は、長期的に栄えない
4 一時的に頑張る人による組織ではなく、長期的に頑張れる組織でありたい

 だから、悪い人から良い人まで、まとめて排除するような形に見えた担当制は、
 導入当時、風当たりの厳しい船出となり、
 長年在籍した人達も、ドンドンやめていくような時期がありました






・SEC9は、人数が多い巨大組織なので、やめていく人が多いのです。
 だから、大勢の人を勧誘して、どんどん人が入れ替わっていきました。
 しかし、勧誘に寄って、大勢の人が脱退しても、さらに巨大化していきました

 そのプロセスでは、ギスギスする場面も多くでてきました
 時には、10人20人と、人が去っていく中でも、
 徹底的に組織を強化し、役職担当制を強化していったのでした
 
 元々、ゲームクランは、若い人も多いため、
 人が組織から排除される形、仕組、組織、社会を体験していない人も多いのです。
 だから、本当に、大勢の人達を、排除することとなりましたし、
 それに反感を持つ若者たち、子供たちもいました。

 中には、
 組織に貢献すべしと記した鉄則を独唱して入隊したものであっても、
 なお、拒否感が強い状態でした

 一方、
 BF3当時から在籍した人達にとっては、
 無条件に在籍できる子供会のような心地よさを気に入っていた人も多く、

 BF3からBF4への移行時期に、クランが変わったと感じた人も多くいました
 彼らにとってはプラスマイナスで考えると、
 マイナスが増えたのだから、不快に感じたのも、無理はありません。
 しかし、
 私を含む、一部の貢献が多すぎる人達にとっては、
 日々、日々、自分の役割が軽くなっていく毎日でした

 とはいえ、馴染みの人達が去っていくことは皆にとって、苦痛だったと思います。
 実際には、私にとっても苦痛でしたから、よくわかります

 BF3のSEC9は、私が0から、完全に手作りしたクランです
 当時のクランは、私が作ろうとして作ったクランだったので、
 本来、私が一番悲しい気持ちだったのかもしれません。
 
 しかし私は、貢献過多になっている仲間を助ける立場、
 代表として、必要なことを、必要なだけ、ドンドン実行する立場でした。
 私をマシーンのように思って去っていった人達のことも、
 内心、非常に寂しい気持ちでみていました。






・私個人の気持ちを言えば、BF3のまま、続けられればよかったと思う
 しかし、そんな都合の良いものは、世の中には存在しないのである

 私は、SEC9に所属した人達が好きです
 そもそも嫌いな人間はドンドン排除するわけですから、
 クランに在籍していたのは、全員、私が好きな人達なのです

 だから、私には、他にも目的ができました。

 私は若い人達と遊んでいるだけでは、駄目だな。
 この若者たちを、助けてやらないと駄目だな。と思っていたのです。

 私のお気に入りの、礼儀正しく、明るく、楽しい若者達、後輩たち。
 中年が、若い人達と遊ぶなら、彼らの人生も考えてやらねばならない。
 と、考えていたのです。

 私は、若い頃、女に夢中になって2-3年棒に振ることは有りましたが、
 特定の遊びに夢中になることは、有りませんでした。
 敷いて言えば、中学の頃の友達とは、時々、朝まで遊んでいましたが、
 振り返っても、そんな時間は、私の人生には、あまりありませんでした。
 
 物心がついた頃から、習い事が無い日は有りませんでした。
 子供から大人へ移り変わっていく中で、
 一時的に特定の遊びに集中することはありましたが、
 仲間との遊びに没頭する時期が、何年も続く人生では有りませんでした。

 一方、SEC9の若者たちは、
 クランに貢献してくれる。私を助けてくれる。私の仲間として時間を費やす。
 大切な仲間、後輩である彼らは、
 BFというゲームに熱中しているあまり、将来は大丈夫かと思う人達もありました

 その人達の未来を切り開く手助けをしたい。知恵や未来や可能性を与えたい。
 ゲームしかできない大人を作ってしまってはならない。
 と、日々、考えていました

 私は、若い頃、恩師に恵まれました。その人達のおかげで、今の私がある。
 私より、10年20年若い彼らと、遊ぶだけでは許されない立場だと感じていたのです

 そこで、私は、
 ゲームクランとしての活動だけではなく、
 若者たちの心や頭や経験が育っていく事も、目的として進めていくことになりました






・個々の事象で、可哀想だったな。と思うことは有りました
 しかし、謝ることは何もしておらず、
 また、私が謝る立場にも、なりませんでした。

 若者の人生を考えてやる必要はない・・ただ、楽しく遊ぶだけで良い・・・
 そう思う人もいるだろうし、多いとは思います

 与えるとは傲慢だ・・と思う人もいるだろう・・・たしかに、
 その通りだと思います。







・私は、クランがどうあるか、どう進むかは、代表の一存ではない・・・
 そう、強くそう思ってきました。
 
 代表などは、お飾りで、神輿と同じ
 意見など通す立場では有りません

 クランをどう使うか、どう考えるか、ということは、
 クランへの貢献の多い人間が決めることであって、代表が決めることではないのです

 つまり、貢献が少ない人間の意見は、尊重されません
 多数決でもないし、理屈もいりません。株主のようなものです。
 同じ株主でも1株しか持っていない人もいれば、多数を持っている人もいる

 とにかく、
 貢献量が多い者が決める権利を持っていると思います

 その意味において、クラン員の80%が賛同したことであっても、
 私の意見を曲げるには不十分だ。と、BF3当時から考えてきました。

 BF4時代になり、大きな貢献をするものが増えてきたので、
 その分量の割合が上下するようなことがありましたが、
 貢献度を積算すると、
 私の意見が通らないタイミングは、ほぼ、有りませんでした

 実際には、2011年からの2020年までの間に、
 何度か、私の意見が通せないタイミングは存在しました
 しかし、その事例に置いて、私の考えと違う人が少なかったことなども有り、
 結論的には、ほぼ、有りませんでした。

 だから、感謝はしても、詫びることは、なにもないのです。
 一度たりとも、
 代表という地位を利用して、自分の意思を押し通したことなど、なかったからです







・そんな目的は個人で勝手に達成しろよ?と、考えている方に対しては、
 私より貢献量が少ない人間なのだから、ソレを語る権利はない。と、
 当時から考えておりました。

 だから謝るような事は、少なかっただろう。と思います
 仮に謝ってしまっても、ソレは間違った謝罪。
 そもそも、謝る立場にないし、謝る事柄も存在しない。
 というのが、当時からの私の、基本的なスタンスです




・SEC9を、美化するつもりはありません
 ただ、私は、それら全て含めて、
 十分すぎるほど、素敵な仲間達との素晴らしい思い出だったと感じております

 話を時に流れに戻せば・・・ 
 BF3からBF4へ大きく変化する中で、
 BF3当時の多くのメンバーは、去っていきました
 





・2013年夏から秋ごろだったと思います
 創立メンバーだったキリサキと、後の幹部コードは、
 BF4の、ベータ版を一緒に遊んでいました

 キリサキは明るく楽しい雰囲気、魅力のある素晴らしい男です
 コードは真面目な予備校生でした。

 キリサキは、SEC9立ち上げに貢献してくれました
 楽しく賑やかなSEC9は、彼が作ってくれたと言っても過言ではないでしょう

 そのキリサキも、BF4に移行するに当たり、やめていくこととなりました
 皆も私も悲しかった。

 キリサキと共に去っていく人達、時を同じくして消えていく人達もありました
 その頃、大勢のBF3メンバーが消えていったのでした。
  
 キリサキは、去っていく時も素敵な男です。
 皆に配慮して、【ちょっと忙しいけど、また時間があったら戻ってくるよ】
 と、言葉を残して去っていきました

 彼は、女とも美しく分かれるタイプの男なのです。
 別れ際まで、洗練されているな。と私は思いました

 キリサキの話を聞いた後の幹部コードさんは、まだ19歳20歳の予備校生です
 キリサキさんの【一時離脱】を非常に寂しいと感じ、
【キリサキさん、どれぐらいで帰ってこれそうですか?】
【キリサキさんが帰ってくるまで、私がSEC9を盛り上げておきますよ!】
【じゃぁそれまでキリサキさんの名前についてる記号を付けて待ってます!】
 などと、キリサキさんに声をかけていました。
 
 そしてコードさんは、キリサキの名前についていた文字列から、
 【 -t-_-t 】という文字列を自分の名前に付けました
 
 キリサキさんは、
【結構時間がかかるかもしれないけど、半年ぐらいかな?】
 などといいながら、去っていきました ファッショナブルな分かれです

 美しさとは業が深く罪深い事だよな。。。と私は再確認しながら、
【忙しくても、たまには顔を出せよ】
 などと、去っていく彼に声をかけていました

 私は、残った皆に対し、
【社会人には繁忙期があるけど、永久には続かない。また戻ってくるだろ】
 と、だけ、話をして、再び、SEC9を強化する営みに戻りました

 そんな風にして、SEC9のメンバーが、
 互いにSEC9に貢献し、新人を歓迎し、互いに良い影響を与え合う組織として、
 さらに強化されていきました。






・BF3時代の皆さんにとっては、残念な気持ちになることも多かっただろうし、
 私に対し、裏切られたような気持ちになった人も多かったと思います。

 それは私への愛情や信頼の裏返しでも有ったでしょう。
 私も本当は、悲しい気持ちでしたし、寂しい気持ちもありました
 ある時は、別れが辛く、音声マイクを手元で、切ることもありました

 BF4が2013年冬に発売されたから、部屋の温度が下がっていたのでしょうか?
 溢れ出て流れた大量の涙が頬を流れて、非常に熱く感じました。
 その時、涙がこんなに熱いのか?とびっくりした事を覚えています

 そして、
 まだまだ甘い気持ちが残っているな。俺も色々注意して生きていかないと・・・
 と、一つ、自分を戒めたのでした。
 勉強になりました







・BF4時代のSEC9は、BF3時代よりも、
 さらに、新たな仲間たちを、大規模に、大歓迎できる形へ進化していきました

 クランマスターが動かなくても、各メンバーが役職を強く持ったために、
 組織全体の力が増えて、特定の誰かに負荷が集中するような形を抑制しながら、
 組織の容量、キャパシティが増加した結果でした
 
 その頃、私は、BF3時代の仲間たちに、FF14をプレイしよう。と誘っていただきました
 
 BF3リリース後、クランに手間暇をかけすぎて、
 他のゲームなど、知る暇もないぐらいでしたが、
 BF4時代の役職制によって、個人的に遊ぶ時間を作れる状態に鳴っていました。

 だから昔の仲間達にFF14を教えてもらい、体験プレイをしていたのでした。
 非常に良くできたゲームで、面白いと感じました。

 BF3時代、他ゲームどころか、BF3をプレイすることさえできなかった私が、
 BF4時代には組織力でクランが維持されていたために、
 他の場所で、他の人達と、他のゲームをする余裕まで生まれていたのです。

 私がTS3にいなくても、
 大会も参加できるし、入隊の儀式も出来るし、勧誘もサバ缶教習も、
 新人への説明や面接も、出来るようになった居たのです
  
 誘ってくれた場所には、
 ファントム、ウガクト、ブラザー、キリサキ、としてクラウディオもいました
 SEC9を去っていった皆さんにしてみれば、複雑な感情があったはずです
 実際、皆の雰囲気も、おかしな雰囲気でしたし、
 私に対する攻撃性も、感じました。

 しかし、そうなることは最初からわかっていたことですし
 むしろ再び、話ができるとは思ってなかったので、
 非常に嬉しく感じたことを、覚えています。
 
 私に対し、非常に腹が立っているけど、また話をする気持ちになった。
 それは、楽しい思い出も残っている証拠だな?と思い、
 そういう意味では満足したことを、覚えています。

 また、それぞれが大人になった時に、
 違う見方を持つ瞬間も訪れるかもしれない・・・時々話せばソレも見えてくるだろう
 などと思いました





・しかし、残念だったのは、クラウディオです。
 彼は日本語がわからないし、偏った情報が入ってくる中で、
 複雑な状況も理解できず、私を単なる悪人だと理解するしかなかったのです。

 また、彼は非常に優しい男だからこそ、
 仲間に対し、冷たい扱いをシていると勘違いをしたことによって、
 私を悪人であると強く感じたのだと思います。

 非常に反抗的な態度で、攻撃的な態度だったので、
 周りの日本人が吹き込んでしまって、無責任な日本人に囲まれているんだな。と、
 思いましたが・・・
 彼ら自身も理解していないので、ソレも仕方ないかもしれないな?などと思いつつも、
 クラウディオにとっては、可哀想な結果になったのかな?
 とも、感じました

 ただ、言葉はわからなくても、何年も状況を見ていれば、
 マスターとして苦労していた私の状況は理解できるはずであり、
 出会った頃16-17歳だった彼も、当時23-24歳ぐらいになっており、
 そろそろ、色々理解できないようでは、自己責任だろうと思ったり、
 彼にも厳しい役職を強いてやればよかったのかも、しれないな・・・
 という反省も、ありました






・FF14に誘ってくれた彼らは、
 BF4時代になりSEC9や私がガラッと変わったと考え、
 不満や反発を語っていましたが、私は逆に責任を感じました。

 しかし、もしコレに対し、悪かったな。等と言ってしまうと、
 私が考えていた形が全く伝わらなくなり、
 ただtarojpが間違っていたのだ。という勘違いから、
 彼らが、一生抜け出せないキッカケを作ることにもなります。

 そう感じた事も含めて、私は、彼らに、逆に説教を加えました。
 お前らアホか等と叱責もしました
 
 彼らは上品なので、私に応じて罵り合うような醜い展開にはなりませんでした。
 私としては反論があろうとなかろうと、
 私の正当性を、私の立場を、表明しておけば十分だと考えておりましたので、
 伝えた時点で十分なのですが、
 見苦しい別れにならなかったこと、について、
 美しい別れを志向する人達の重要性も、少し感じました






・とはいえ、それなりに、うっすらとした反論があったので、
 キッチリ詰めてやらないとイケないと感じ、
【キリサキ、お前、忙しさが消えたら帰ってくる言ったんちゃうんか?】
 などと、フリました。

 他の人がどう思うか?ではなく、SEC9には価値観があります
 自分が楽しいSEC9で遊ぶことではなく、
 他の人に対し、楽しいSEC9を提供することが、マスト。
 つまり、楽しかったのなら、ちゃんと戻ってきて、貢献するのが筋なのです
 
 自分が楽しいということは、ソレは与えられたもの。
 だったら、お前が誰かに与えないとバランスが取れない。泥棒だる
 それが、当時のSEC9の価値観だったのです
 外に出た人間にソレを言うのは、少しおかしいのですが、
 そもそも、そういう建て付けなので、断言せざるを得ないのです

 SEC9の是、つまり価値観=デザインされた組織のメカニズムの形です

 形に従わないものは、組織としての違反者であり、糾弾される
 ソレを強く糾弾することが、価値観を説明する方法であり、
 勘違いさえも是正する唯一の方法論なのです
 





・もちろん、ソコに対して、色よい返事は帰ってきません。
 その中で、
【コードも、お前の名前の文字列をつけて待ってるぞ?】
 と、美しい別れを作り出したキリサキに、私は詰めました。
 SEC9という組織は、美しさは評価せず、貢献で評価する形です

 今となっては、美しい別れの罪は、功罪あわせて見直す必要があると思いますが、
 当時の私は、罪深い行為として考えていました

 というか、今考えても、組織としては、圧倒的な罪なのですが、
 私個人の考えは今は少し違います。
 でも、とにかく、当時はキッチリ詰めたのでした。
 
 ソレに対してキリサキは、
【コードくんも、ちょっとねぇ・・・】みたいな発言を返してきました。
 ファントムからもでていたし、他の面々にも、反論は無いようでした

 あぁコレは、相当悪口を言いあって、文脈が形成され構築されているんだな。と、
 認識できました。
 しかしソレも仕方がないこと。
 と、いうのも、やはり彼らにとってSEC9は愛着のある存在です
 ソコから自分から出ていかざるを得ない展開に納得は行かないでしょうし、
 それを推進するtarojpに付き従う面々への敵意は膨らむ事も仕方が有りません

 そして、
 そういう気持ちであろうことは、わかっていたことです。

 未熟な後進を大切にするために、貢献するつもりがあれば、
 後進の面倒を見るつもりがアレば、別離していないからです







・私は、やはり彼らを排除したのは、分かれる方向は、正しかったのだな。と、
 再確認できました

 彼らが、SEC9で楽しかったのであれば、
 SEC9で人生に良い部分を与えられたならば、
 誰かにソレを循環していくことは、人としての筋だと考えましたが、
 普通の人間は、あまりそういう考えは持っていない人も多い。

 というか、ほぼ、全ての人間が、そういう感覚を持っていないようです。
 特に、若い人の中では、そうなっていると思います

 今の時代の日本では、そういう感覚は、育ちにくい。
 
 むしろ、利用されることにもなるので、
 お礼奉公的な気持ちは、持たないほうが楽なのかもしれません。
 ただ、私は、違う考え方を持っています。
 それは、特定の組織の中では実現できるし、
 また、ソレが、大多数にとって参加できる条件での【良い組織】だ。と、
 考えているのです

 今の時代ほど、
 内部還流をシッカリ構築できるコミュニティが価値の高い時代はない。
 むしろ、今こそ、そのシステムを動かす時代である。
 しかも、もっとも付加価値が高い組織である。と、
 論理的に明確に断言できますが、その詳細は割愛します








 
・とりあえず私は、
 【お前、オレの悪口は良いけど、コードはアカンやろ。まだ子供やぞ!】
 などと、叱責しつつ、切れてみせました。

 彼らは美しく、イナしてくれたので、
 この時も、ソコまで醜い形にならなかったと思っています。
 美しさも、大切かもしれませんね?(笑)
 
 おかげさまで、
 tarojpには勝手に言わせておこうという雰囲気で話は終了しました。

 それから、しばらく後に、1-2度話をして、それからほぼ何年間も、
 ほぼ、コミュニケーションがなかったことも含め、
 2020年12月31日の再会は、素晴らしい経験でした。

 その間には、私の撮影した女体画像などをシェアしたり、
 美術写真のシェアなども行いましたが、
 それも含めて、長く話をシたわけではなかったのです

 2020年12月31日は、本当に懐かしい再会でした

 実は、神棚の酒瓶に、ウイスキー山崎をナミナミ注いだのが2020年12月
 どうやらSEC9の神は、ウイスキーがお好きのようです。
 神様だって、日本酒ばかりじゃ飽き飽きしているのかもしれません。

 皆にも、美しい別れができる男にも、
 そして、神様にも、感謝しております







・女体画像のシェアから、しばらくのち、
 せっかく誘ってくれた彼らに対し、一方的に説教した事を、
 すこし無礼だったな。と、礼儀の部分から思う部分もあり、
 彼らに再び会いに行って、少し訂正を加えておきました。

 しかし、彼らにしてみれば、コロコロ変わるな。という印象があったかもしれません
 今考えれば、アレは私だけのための訂正だったのかもしれません



 




・そうやって彼らと再会した私は、SEC9のTS3に戻り、
 ちょっとFF14やってきたよ 面白かったよ 等と、雑談をしたのです。
 
 その時、コードさんは、 
【ファントムさんやキリサキさんは元気でしたか?】
 と、聞いてきたので、
 すこし迷ったのですが、
【ああ元気にしていたよ。FF14が面白すぎて、彼らは戻ってこないと思うよ】
 などと、話をしました

 少し寂しそうに、そうですか・・・と言っているコードさんをみて、
【お前がキリサキの顔文字を付けて、クランを盛り上げていけよ】
 といいながら、少し可哀想だと感じました

 そして、自分自身の責任も感じたのでした。
 この可哀想を作り出したのはSEC9、つまり私の方針変更です。
 別に私に責任は有りませんが、申し訳ない気持ちになりました

 
 少し意味合いは違うと思いますが、
 戻ってくる事を信じて待つ人間と、遠くで悪口を言ってる大人、、、
 ソレを作り出したのは自分・・・
 私は、自分がなんとかしなければならない。と責任を感じました

 だったら俺が面倒みてやればいい。
 組織のメカニズムがアレば、ソレぐらいできるはずだ。と思ったのでした。 
 
 実際には、
 そんな子供を、ケアして面倒を見ていくことは本当に難しいことでした

 ただ美しく分かれて、それぞれが人生の中で自分を鍛えていくしか無い。。
 そう言われてしまえば、今の私は、そうかも知れない・・・と、
 口に出るほど、色々大変でした。







・あれから、様々な出会い、別れ、その他にも、色々有りました
 BF3からBF4へ移行した時と同じような激変が何度も有りました

 さらに、別れや変容、涙や苦しみを繰り返し、
 出会いや別れや再会を繰り返しながら、SEC9の挑戦は続いていきました


 SEC9が、BF3からBF4へ移行したのが、2013年11月
 ずいぶん時が立ちました
 
 この7年半で、一番私と時間を長く過ごしたのは、コードさんです
 私とコードさんは、毎日平均4時間ぐらいは、頑張ってきました
 
 正直、手間がかかり、大変だったと思います
 私は大変でした 

 





・とにかく、
 私だけでの功績では有りませんが、コードさんは成長しました

 私に手を焼かせる子供だったコードさんも、2020年4月から新卒で働いてます。
 2020年度の年収、新卒研修を受けた1年目ですが、750万は確定
 2021年度の年収、900万以上は私の見積もりですが、
 私の想定では、950万が妥当なラインです
 そもそも、2020年度はボーナス1回しか支給されてなくて750だからです

 別に年収が全てだとは、全く思いません
 だが、アノ頃のウブな子供のようなコードでは、
 新卒初年度750万は、務まるべくもない
 2年目900万は、ありえないでしょう

 繁忙期の状況次第では、950万を超えるかも?という想定ですが、
 950万を超えるまでになると、少しオーバーワーク状態なので、
 その5年後10年後を、色々考える事にもなりますが、、、
 それを自分一人で考える力も、コードさんには備わりました

 その程度の問題で、私が考えてあげる部分は少なくなりました
 彼自身、もう立派な大人になったからです

 私としては、
 そろそろ、コードさんも、レベルの高い話ができるようになってくれれば、
 嬉しいところです。








・コードさんには、
 そろそろ、
 一方的に持ち出しが多いtarojpに対し、シッカリ返していただきたい。
 と思っております

 ソレができる男になったコードさん含め、元SEC9の皆さんとの再会を、
 2020年大晦日から2021年の年越しイベントで実現できたこと。
 本当に嬉しく思っております

 また、新しい関係、組織の展開も、私は期待しております

 その意味を込めて、
 また、山崎を酒瓶に注ぎたいと思います

 コロナの時代でも、神棚があれば、神に会えます
 皆さんも自宅に神棚を供えましょう

 そして、TS3、Discordがアレば、皆さんとも音声会議ができるのです





 


・とにかく、
 SEC9純粋培養のコードさんが、ガッチリ、成長されましたので、
 美しさで装飾されていない、本当の昔の話を、シッカリさせていただけると思い、
 このたび、ホームページを更新させていただきました

 ときには昔の話を、本当の昔の話をしようか

 ということです











・BF?SEC9?もう旧い話かもしれません

 でも温故知新 
 故きを温め新しきを知るのです

 
 


・皆さんとの再会、本当に素晴らしい再会だったと思います
 また、タイミングを見て、皆で集まって話をしたいと思います
 2020-2021にコレなかった皆さんも、ぜひ、また再会しましょう

 再会を望む方は、SEC9.JPに、コメントを書き込んで下さい


 男子三日違えば刮目ス・・と言うのだから
 三年も違えば別人かもしれません

 
 再会という 新たな出会いに感謝 2021年 正月 吉日
 SEC9 tarojp