平和祈願と終戦後の日本

こんにちは 終戦記念特別期間中のSEC9です

戦前の日本は、狂信的に勝利を信じる軍国主義に染まっていた。

こういう設定で語られる事が多い現代の日本ですが、本当でしょうか?

出征する軍人の家族が、互いに涙を我慢していたと聞きます。
また、戦局を有利にしようと命を捨てて突撃した兵隊も多かった。
これは、勝利を確信する狂信的な国民の姿ではないのではないか?
と思います。



ここで、
特攻隊が残した対話を拝見しましょう。

海軍報道員 藤野 庄蔵 (ペンネーム山岡荘八)
  『貴方は、この戦を勝てると思いますか?』
  『特攻した後、日本が負けても悔いはないか?』
  『特攻二日前の今、どのような心境ですか?』

海軍少佐 西田高光 (神風特攻隊)
  我々は一応インテリです
  そう簡単に勝てるなどとは思っていません
  しかし負けたら、その後はどうなるのです?
  おわかりでしょう?

  我々の生命は講和の条件にも、
  その後の日本人の運命にも繋がっています
  民族の誇りにつながっています

つまり・・熱狂的に信じ込んでの特攻ではなく、
講和を少しでも有利に運ぶための特攻であり、
民族の誇りを忘れないための特攻である。
と、考えての特攻であったわけです。


この取材をした報道員の藤野は、山岡荘八というペンネームの文筆家。
彼が後に大ヒットさせた『徳川家康』は、
国の平和を祈って徳川を書いた作品だ。という逸話を残しています。

さて、
この元報道員の藤野・ペンネーム山岡荘八。
この山岡は地元でも相当有名です。ある種、名士の名前なのです。

この、山岡荘八が養子を迎えました。
この山岡荘八の養女・・・と、
結婚した・・・ある男が、なぜか・・・
義理の父親のペンネームである山岡を、
自分の本名として改名し、
名士の息子として国会議員となり、
政府幹部となり、
国家公安委員長まで務め、
外国人の参政権を推進しているわけです。
そう山岡賢次です

コレが民主党の大臣だ
コレが通名と改名の歴史だ
↓ 金子賢二 
↓ 佐藤賢二 
↓ 藤野賢二
↓ 藤野賢次
↓ 山岡賢次 現在の名前
名前をコロコロ変える。
外国人の参政権を推進する。
何か、思い当たる節がありますね。
民主党は素晴らしいですね。
コレが民主党の姿!
ドコの国の?
ドコの民族だ?
死んでいった特攻隊員も小説家も、
敗戦後の日本で他国人が暗躍し、
外国人参政権を推進している姿を見れば、
さぞや悔しいことでしょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿